当院での慢性肝炎の治療方針
1、慢性肝炎について
慢性肝炎とは、一般的に肝障害(ALT>30)が6ヶ月以上続く状態を指します。原因は以下に挙げるように、ウイルス性、自己免疫性、薬剤性、アルコール性、脂肪肝/非アルコール性脂肪性肝炎が代表的なものとなります。
当院での慢性肝炎の診療方針は次のようになります。
① 初診時、まずは代表的な肝疾患の鑑別目的で血液検査を行います。外注検査になりますので、結果が出るのに1週間程度かかります。併せて肝臓の器質的疾患(=物理的に腫瘍や脂肪肝、慢性炎症による変化などが無いかどうか)の確認を行うために腹部超音波(エコー)検査を予定いたします。
② 血液検査、超音波検査で原因が明らかになりそうな場合は、各疾患の治療方針に沿って治療方針を決めていきます(下記参照ください)。この段階で原因が明らかにならない場合血液検査のみでは確定診断が困難なケースが含まれてきます。この場合は肝生検(超音波で肝臓を観察しながら、局所麻酔下で肝臓に針を刺して肝臓の組織検査をします。入院検査になりますので専門施設を紹介いたします)を検討する場合があります。
③ 治療方針が決まりましたら、方針に沿って定期受診を開始いたします。受診の間隔は患者さんお一人お一人で個別に指示させていただきます。
④ 慢性肝炎の経過観察で大事なのは、肝硬変や肝細胞癌への進展が無いか定期的に観察する事です。このため、定期的に超音波検査(当院)やCT、MRI検査(他院で予約)を指示させていただきます。
以下、各疾患のうち、最も患者数が多い3疾患(B型肝炎、C型肝炎、脂肪肝/非アルコール性脂肪性肝炎)について、当院での治療方針をお示しいたします。
2、B型慢性肝炎
日本国内でキャリアー(感染者)が130-150万人と推定される、主な慢性肝炎の原因疾患の一つです。血液感染がメインであり、1986年までの生まれの方ではほとんどが母子感染(出産時に血液感染する)です。それ以降の生まれの方では、B型肝炎ワクチンの普及によって感染者数は減り、性交渉や薬物の回し打ちなどによる成人後の感染がメインになっています。2017年以降はB型肝炎ワクチンはユニバーサルワクチン(0歳児を対象に全員接種する)となっております。
- 母子感染の場合、思春期を過ぎた頃から肝炎を発症し、多くのケースでは35歳くらいまでにある程度の免疫(HBe抗体)ができて肝炎が安定化しますが、肝炎が安定化しないケースでは発症後20-30年経過で肝硬変→肝細胞癌へと進展してしまいます。
- 成人後の感染の場合、ほとんどの症例では症状が出ないままウイルスが鎮静化する(無症候性感染)か、一時的な強い肝炎(急性肝炎)の後にウイルスが急速に鎮静化し、その後肝臓への影響が無くなりますが、数〜10%の確率で慢性肝炎化し、ウイルスを保持し続けるケースがあります。この場合は放置すると平均20−30年で肝硬変→肝細胞癌へと進展してしまう可能性があります。
- 後述するC型肝炎は、抗ウイルス剤によってウイルスが体内から排除できますが、B型肝炎ウイルスは自然経過や治療によって鎮静化はできるものの一生体内から排除できず、免疫力が極端に低下した状態になると再び増殖し、肝炎を再発するケースがありますので注意が必要です。通常の生活における免疫低下レベルでこのような事はまず起こりませんが、他の疾患で免疫力を極端に下げる治療を行う場合が危険ですので、このような際は必ず肝臓専門医にご相談ください。具体的には、①抗癌剤治療、②免疫抑制剤やステロイド治療、③リウマチや膠原病などでの特殊な抗体治療がこれに当たります。
B型肝炎に感染している(キャリアー)かどうかの診断は簡単で、HBs抗原という検査を行えばほぼ確実に判定できます。肝炎ウイルス検診がこれに当たりますので、積極的にご利用ください。HBs抗原が陽性の場合、B型肝炎感染がほぼ確定します。上述しましたようにB型肝炎の経過は複雑ですので、血液検査と超音波検査で現在の肝炎の状況を判断し、治療方針を決めてまいります。ウイルスの活動性が強い場合は肝生検をお勧めする場合があります。
B型肝炎の治療には抗ウイルス薬が用いられます。治療の適応は以下になります。
①慢性肝炎で、肝数値異常(ALT≧31)、高ウイルス量(HBV-DNA量≧3.3IU/ml)であること
②肝硬変で、ウイルス陽性であること
抗ウイルス薬は核酸アナログ製剤(内服)とインターフェロン治療(注射)の2つがあります。どちらの治療に関しても、月当たりの医療費が上限を超えた場合は助成金が適応されます。以下のリンクを参照ください。
http://www.kanen.ncgm.go.jp/cont/040/zyosei.html
- ①核酸アナログ製剤
- 内服薬です。ウイルスの増殖を抑制します。ほとんどの症例でウイルス量を著明に減少させ、B型肝炎ウイルスによる肝数値(ALT)上昇を正常化させる事ができます。ごく低確率で耐性ウイルス出現(途中でお薬が効かなくなってくる)の報告があります。また、妊婦さんや今後妊娠する(させる)可能性のある患者さんに対しては、お薬の種類を検討する必要があります。さらに、最も重要なのは、お薬を中断した場合、抑えられていたウイルス増殖が再び活性化し、肝炎が再燃する危険性があります。よって、一度飲み始めた場合、長期に渡ってお薬を飲み続けないといけないケースがほとんどになります。35歳以上の患者さんや肝硬変の患者さんでは、ほとんどのケースでこの核酸アナログ製剤を選択することになると思います。
- ②インターフェロン製剤
- 週1回、皮下注射するお薬です。体の免疫力をしばらくの間上げることにより、抗ウイルス効果を示し、B型肝炎に対する抗体をつけやすくする効果があります。特に35歳以下の患者さんでは効果が出やすい事が明らかになっていますので、主に35歳以下の患者さんに使用します。標準治療としては、48〜96週間(1〜2年間)投与継続して終了します。副作用として発熱、倦怠感(風邪のような症状。免疫力が一時的に上がる=風邪をひいた時と同じような状況になるためです)、抑うつ傾向などがありますので、治療時は専門医の下で行う必要があります。
当院でのB型肝炎治療の方針は以下の通りになります。
B型肝炎ウイルスは、治療で押さえ込む事は可能ですが、体内から完全に排除する事はできません。長期間にわたって上手に付き合っていく必要がありますので、ご自身のウイルスの状態、肝臓の状態をしっかり把握していただいた上で安心して治療を受けていただけるように努めます。
①B型肝炎のキャリアーである事が分かった(HBs抗原が陽性)ため当院受診
②現在の肝炎の状況を調べるため、腹部超音波検査、血液検査(肝機能、ウイルス抗原・抗体・ウイルス量など)を行います。保険適応の都合上、複数回血液検査を行う場合があります。
③治療の適応に合致する患者さんの場合(適応については上記参照)、患者さんと相談の上、肝生検による詳細な検査をお勧めする場合があります。診療情報が揃い次第、治療方針を決定していきます。治療を行なっている患者さんの場合、原則として3ヶ月に1回の血液検査、半年に1回の超音波検査を行い、肝数値の変化や肝硬変・肝細胞癌の出現に備えてチェックを行なっていきます。肝硬変の患者さんや、以前に肝細胞癌を発症した患者さんに関しては、これに加えて年1−2回のCTやMRI検査を追加していきます。
④ウイルス量が少なく、ALT値が安定している患者さんに関しては、このまま肝硬変へと進展する可能性が低いため、治療を行わずに定期的に経過観察することになります。治療の必要性が無い患者さんでは、半年に1回、肝機能、ウイルス抗原・抗体・ウイルス量などの血液検査と超音波検査を行なっていきます。経過中にウイルス量が増え、治療開始が必要なレベルになるケースもありますし、低確率で肝細胞癌が出来てくるケースもありますので、治療の必要が無いからと言って定期観察を怠ることないように指導を続けさせていただきます。
3、C型肝炎
日本国内でキャリアー(感染者)が100-150万人と推定される、主な慢性肝炎の原因疾患の一つです。血液感染がメインでありますが、B型肝炎より感染力が弱いため、母子感染や性感染はB型肝炎ほどは起こらず、主に輸血(1992年以前)、ピアスや入れ墨、注射の回し打ちなどが原因となっています。一方、B型肝炎と比べて慢性化率は高く、感染者の80%ほどが慢性肝炎となり、無治療の場合20-30年で肝硬変、肝細胞癌へと進展しうる事が分かっています。
C型肝炎のキャリアーかどうかを調べるために、まずHCV(C型肝炎ウイルス)抗体検査を行います。、HCV抗体陽性の場合は、過去もしくは現在HCVに感染した可能性が高いため、確定診断のために血中のHCVを検出(HCVーRNA定量)します。HCVーRNA陽性の場合、現時点でキャリアーが確定します。一方HCVーRNA陰性の場合は、現時点でウイルスが体内に居ない事がほぼ確定します。
HCVのキャリアーである事が判明した場合、B型肝炎の時と同じように、血液検査と超音波検査で現在の肝臓の状態についてまず把握した上で、治療方法を検討いたします。
現在、合併症や常用薬の問題が無ければ、ほぼ全てのC型肝炎患者さんが治療の対象となります。肝数値が高い(ALT>30)、もしくは慢性肝炎が進行している(血小板<15万)患者さんでは特に治療の必要性が高いと定義されていますが、その他の患者さんにおかれましても、原則的に治療のメリットが諸々のデメリットを上回ると考えております。
C型肝炎ウイルスは、B型肝炎ウイルスとは異なり、一度治療が成功してウイルスが排除できた場合は、外部から再度感染しない限り、一生ウイルスが排除されたままで過ごしていただけます。
現在、C型肝炎の治療としては、飲み薬(直接的抗ウイルス薬:DAA)が主流となっております。数種類の飲み薬が発売されており、それぞれ90%を超える治癒率を誇ります。本来、ウイルスの細かい状況を検討してどのお薬を選ぶか検討するのですが、当院では、初回治療かつ進行した肝硬変以外の患者さんに関しては、原則的にマヴィレット(グレカプレビル+ピブレンタスビル)をお勧めしております。マヴィレットは慢性肝炎患者さんには8週間、初期の肝硬変患者さんには12週間投与し、上記条件の患者さんではほぼ全例でウイルスの消失が期待できます。逆に、2回目以降の治療の方、進行した肝硬変の患者さんにおかれましては、治療方法を決定する際により詳細な検査が望ましいですので、原則として高次機能病院に紹介させていただきます。また、抗ウイルス薬は高価ですので、B型肝炎の項でも触れたように、公費助成の申請が必要となります。
当院でのC型肝炎治療の方針は以下の通りになります。
①HCVのキャリアーが疑われる(HCV 抗体が陽性)ため当院受診
②キャリアーの確定、および現在の肝炎の状況を調べるため、腹部超音波検査、血液検査(肝機能、ウイルス量など)を行います。保険適応の都合上、治療方針決定までに複数回血液検査を行う場合があります。
③治療の適応に合致する患者さんの場合(適応については上記参照)、患者さんと相談の上、肝生検による詳細な検査をお勧めする場合があります。診療情報が揃い次第、治療方針を決定していきます。抗ウイルス治療を行なっている患者さんの場合、原則として2−4週間ごとの血液検査、治療開始前後の超音波検査を行い、治療終了まで副作用の確認を行います。治療終了3ヶ月後に血液中のウイルスが消失していれば、治療成功となります。
2回目以降の治療、高度な肝硬変、特殊なウイルスタイプなど、より詳細な検討が必要な症例に関しては、高次医療機関を紹介させていただきます。
④ウイルスが消失した患者さんにおいては、肝硬変へと進展するリスクは回避できているわけですが、その後肝細胞癌が出現する可能性は僅かに残りますので、定期的に経過観察することになります。半年に1回、肝機能、ウイルス量などの血液検査と超音波検査を行なっていきます。経過中に低確率で肝細胞癌が出来てくるケースもありますので、ウイルスが消失したからと言って定期観察を怠ることないように指導を続けさせていただきます。
4、脂肪肝/非アルコール性脂肪性肝炎
以前から脂肪肝として馴染みの深い疾患ですが、昨今のメタボリックシンドロームの増加にともなって急増し、近年は国内で数千万人の患者さんがいると推定されています。脂肪肝は元来予後良好な疾患とされていましたが、そのなかで約10%が非アルコール性脂肪肝炎(NASH)という進行性の病態へと進展し、最終的に肝硬変や肝細胞癌へと至りうることが明らかになってきております。
ここで重要な事は、脂肪肝をお持ちの患者さんのうち、どのような方がNASHに進展していくのかという事です。以下のようなポイントが重要ですので、該当される方は一度精密検査をお勧めいたします。
- ①糖尿病の患者さん
- 糖尿病患者が脂肪肝を発症した場合、かなり高い確率でNASHに進展することが様々な研究で示されております。
- ②血小板が少なめ(20万以下)の患者さん
- 肝疾患全般に比較的広く共通する事なのですが、肝疾患が進展(=肝臓が線維化を起こし、肝硬変へと進展する事)するに従って血液中の血小板(出血を止める因子)が減っていく傾向があります。脂肪肝とNASHの間にもこの傾向が成り立っており、血小板が20万以下になっている場合、肝臓の精密検査を受けてみる方が良いかもしれません。
現時点では、NASHの確定診断のために肝生検が必須ですが、全ての脂肪肝の患者さんに対して肝生検を行う事は現実的ではありません。従って、脂肪肝の患者さんの中でNASHに進展している可能性が高い方を血液検査や超音波検査で上手に拾い上げていく事が重要です。当院では以下のような手順でNASHの可能性につき検討してまいります。
①超音波検査などで脂肪肝を指摘された患者さんが当院を受診(当院でも超音波検査できます)
②お持ちの血液データ、メタボリックシンドローム(特に糖尿病)の状況を確認した上で、患者さんの脂肪肝がNASHに進展しているかどうかを推定するために血液検査を追加します。内臓脂肪がどの程度沈着しているかを把握するために、腹部CT検査をお勧めする(他院で予約を取らせていただきます)場合があります。
③血液検査の結果、NASHに進展している可能性が高いと判断される場合、肝生検目的で高度医療施設に紹介を検討いたします。現段階でNASHに進展している可能性が低いと判断した場合は、下記の脂肪肝に対する治療を検討いたします。
脂肪肝、NASHに対する治療としては色々な試みがなされてきましたが、結局のところ、減量に勝る治療は無いのが現状です。
脂肪肝、NASH=肝臓への内臓脂肪沈着=メタボリックシンドロームの一環
という原則がありますので、脂肪肝(NASH)に対する治療=メタボリックシンドロームに対する治療と言って差し支えないと思います。これを踏まえて、当院では以下のように治療方針を定めております。なお、脂肪肝、NASH共に治療方針は同じとなります。
①体重の3%減少を短期目標とし、この短期目標を繰り返し継続する事で、中期〜長期的に体重の10%減少を目指します。
②合併したメタボリックシンドローム(2型糖尿病、脂質異常症、高血圧)に関しては、NASHと相性の良い薬剤を考慮しながら併せて治療を行います。
③NASH発症の原因として、肝脂肪が酸化する(=燃焼する)時にできるフリーラジカルが重要ですので、抗酸化ビタミンであるビタミンEを投与する場合があります。
④NASHと診断された患者さんの場合、肝硬変へ進展させない事が重要ですし、脂肪肝の可能性が高い患者さんの場合は、NASHへ進展させない事が重要です。このため、3−6ヶ月毎に血液検査、6−12ヶ月毎に超音波検査を行い、肝臓の状態を確認するように努めます。
5、その他の肝疾患
紙幅の都合上、本稿での詳細な説明は控えさせていただきますが、各疾患に応じて適宜適切に対応させていただきます。
参考文献
1、慢性肝炎・肝硬変の診療ガイド2019
2、NAFLD/NASH診療ガイドライン2014